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ザ・下手イラストな「絵俳句」で、自作の俳句を紹介します。「迷子」は、ぼくの俳号(俳句のペンネーム)で、「まいご」と読みます。「素材にこだわった高級おにぎり」的な伝統俳句も好きですが、自分が作りたいのは「究極のツナマヨおにぎり」的な俳句です! ネット俳人におれはなる!

30句目「娼館(しょうかん)」【ヘタイラスト手書き絵俳句】

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おはようございます。迷子です。

2年前のこの時期につくった俳句です。



紫陽花の異人娼館を去りぬ
(クリックで拡大)


 ◇ ◇ ◇ ◇


私の父は、昭和16年、満州で生まれました。

終戦の一年ほど前に、父の父が病に倒れ、母に連れられて日本本土に戻ったといいます。

父にとって満州は、物心がつくかつかないか3歳のころ、とても寒い廊下の記憶があるような気がすると言っていました。


 ◇ ◇ ◇ ◇


先の大戦、いつも考えるのは、日本はどうしていたらよかったんだろうか、ということです。

明治維新のころ、アメリカは「西部開拓時代」でした。

アメリカ大陸へわたり、約2万年住んでいたアジア人、インディアンの人口が激減し、アジア各地で強い武器を持った国が弱い国の文化を滅ぼしていた時代、日本はどうしていたら、よかったんでしょうかねぇ。

ひとごとのように言っていますが難しい。

俳句もその他の文化も、かろうじて生き残ることができ、国が続いてきたのは、奇跡のように思います。


 ◇ ◇ ◇ ◇


「俳句革命」を起こしたともいわれる正岡子規が34歳で没したのが明治35年、1902年、9月。

日清戦争と日露戦争の間くらいの時期でした。


 ◇ ◇ ◇ ◇

たった116年前の話なのか・・・・・・と思います。

父が生まれた満州をはじめ、いまは「外国」の土地にほんのある時期、日本の領土があった。

いつの時代も、どこの国にも、夏があって、秋がきて、虫や鳥が生まれて死んでいって、そんないとなみを表現したいと思う人がいた。



ちょっと昔に生まれていたら、どんな俳句をつくっていたんだろう、と想像した俳句を作ることもできる。

それもまた、俳句のよさなのかもなぁ、と思うのです。



迷子



☆ ☆ ☆

つづきへ・・・→くりっ句!
※次回は金曜アップ予定です。

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